こんばんは(^-^)
6月24日(水)、京都の東本願寺と大谷祖廟にて、ようやく納骨が終わりました。
去年の仏壇じまいから、さっさと動けばいいものを、今頃になってしまいました。
今回は東本願寺での収骨が終わるまでを記しておきます。
関西では骨壷を二つに分ける風習があります
関西って、骨壷を二つに分ける風習があるんです。
喉仏が入った小さい骨壷と、体が入った大きな骨壷。
ちなみに関東はひとつらしいのですが、その代わりお骨を全て入れるので、とても大きな骨壷になるそうです。
私の場合は、午前中に東本願寺で喉仏の収骨、午後から大谷祖廟で体の納骨という流れでした。
東本願寺での収骨は、骨壷から桐箱に詰め替えて、地下に収めるそうです。
体の方は、親鸞聖人のお墓のもとに、骨壷から出して合葬になります。
お墓がないので仕方がないです。
でも最近は、お墓を見る人がいないので、墓じまいも多くなっていますよね。
大分のお墓に入れるか迷いました
ただ、父の先祖が眠るお墓に入れるかどうかも迷いました。
でも、なんせ大分なんで遠いんですよー!
お墓参りなんて、ちょこちょこ行けるわけないし、お墓参りをして観光して帰る、というわけにもいかなさそうで、親戚付き合いも大変そうです。
田舎だしね。
行けば、親族に知らん顔して帰ってくるわけにもいかなさそうだし。
父は「もう一度大分へ帰りたい」と言っていたので迷いました。
でも、東本願寺への納骨の話は住職から聞いていて、
「パパが死んだら、ママと一緒にそこへ収めてくれてもそれでもいいなー」
とは言っていました。
骨壷2人分をキャリーで運びました
当日は、キャリーに骨壷2人分を入れて行ってきました。
重くて四輪で引けないので、ずっと二輪で引っ張って行きました。
これ、私がもうちょっと歳いってたら絶対できないです(笑)
朝から東本願寺で収骨、午後から大谷祖廟で納骨。
一日がかりの納骨になりました。
東本願寺で受付

東本願寺では、9時から受付開始でした。
骨壷を二つ受付に出して、係の方が桐の箱に詰め替えてくれました。
収まり切らなかった分は返却と聞いていたのですが、全て収まったようで良かったです。
名前などを確認して、一旦待機です。
当日は、5人くらいの団体が2組、あとは2人組が数組。
ひとりで来ていたのは、私だけでした。
視聴覚ホールで法話を聞きました
まずは視聴覚ホールで、30分ほど法話を聞きました。
地下2階に大きなホールがあるんですね。
当日は岐阜から来られた僧侶の方、何てお呼びしたらいいのか分かりませんが、30代くらいの若い女性でした。
お父様を継いで僧侶になられたそうで、その体験談をお話ししてくださいました。
そして最後に読まれた手紙に、とても心を打たれました。

元はポルトガル語の手紙みたいですね。
御影堂で収骨と読経

それから御影堂に移動して、収骨と読経です。
お骨は地下に収められるそうですが、限られた人しか入れないとのことでした。
僧侶3人が前に座り、サイドにも1人の僧侶が座っておられました。
読経の間にお焼香をします。
全て終わったのは、11時30分くらいでした。
そのまま大谷祖廟へ
お腹が空いていたのでランチを食べたかったのですが、キャリーケースを持ってウロウロするのがしんどいし、時間も微妙でした。
なので、そのままとりあえず大谷祖廟までタクシーで向かうことにしました。
大谷祖廟での納骨の様子は、次の記事で詳しく書きたいと思います⭐